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2007年9月23日(日)
むふむふです。
デザインとコミュニケーションについて、
考えがまとまっていないので少し散漫ですが、
日曜日ということもあって長めに書いてみます
ここのサイトのデザインを
あれもしたい、これもしたい、
こうしたら格好いいんじゃないかと
いろいろ悩みながら(楽しみながら?)、
時間をかけてつくったりしているわけですが、
最終的に落ち着く完成型というのは
作る過程でアイデアを足していって
そこからまた要らないものを
そぎ落としたものになる場合が多いです。
詰め込みたいアイデアを消していくわけですから
最後にはより良いものになるだろうとわかっていても
大げさですがそれは痛みを伴う作業だったりします。
余白のあるデザイン、書かない文章。
そういったものが、見る者、感じる側にとって
ほどよく、かつ押しつけのないものであり、
あえて見せなかった部分に気持ちを込めることで
イメージをかき立てるものになるのだろうと、
そう信じて、また心がけてやっているつもりです。
(実際にそれができているかどうかは別ですが...)
「引き算」とは、「ないものを表現する」という
ある意味では「空気」や「雰囲気」みたいなもので
目には見えないものを感じさせることなのかも知れません。
そういうのって奥ゆかしさや「粋」の精神を感じさせて
日本人の感性にもしっくりくるのかも知れませんね。
説明し過ぎることは不粋、というか。
また「空気」や「雰囲気」は感じ取る側の人によって
意味や形がかわるから、作品の意味は作者の手を離れて、
受け手による想像や自由な解釈ができると思います。
と同時に、想像である以上、作者の真意や意図、つまり、
ほんとうのことを理解するのはより難しくなると思います。
ですから、見せたものをそのまま感じ取ってもらう
「足し算」よりも「引き算」は作り手にとって
技術やセンス、経験を要する作業なのでしょう。
と、ここまで僕なりの解釈をしてきましたが
この「物づくりの規準」みたいなものは
クリエーターにとっては、ほとんど当たり前の
考え方なのかも知れません。
でも、僕のなかでは、考えが二回りくらいしてしまって、
「引き算=規準」という大前提があるのであれば
それに対する「アンチ=足し算」をするということは
もしかしたら引き算の痛みと同じくらいのレベルで
すごく勇気のいることなのかな、と思ったりしています。
引き算せずに足し算するという考え方で
色んな物事を考えるとどうなるのでしょう?
そもそも引き算するってどういうことなのでしょう?
で、デザインをすること、それだけでなく
文章とか写真とか、なんでもそうですが、それは、
人とコミュニケーションすることと変わらないと思います。
だから、押しつけなく、人の心に踏み込まないように
空気や雰囲気だけで相手に真意を伝えたり
相手の気持ちをくみ取ったりするのはとても難しいです。
前述したように作品は作者の手を離れて
自由に解釈される、そもそもそういうものであるし、
解釈の違いのズレを楽しむことは面白いかも知れないけれど
余裕がないとなかなかできない行為だなあ、と思ったり。
そんなことを考えると余計に、
ふむふむの森は、作者が作品に込めた真意を
(全てではないけれど)受け手に伝える橋渡し役に
なれたらいいな、と改めて感じたりします。
人とのコミュニケーションのズレを埋めるのは、でも、
自分次第なのかも知れないですね。
言葉足らずになるのは簡単ですが、かと言って
足し算式にこんなに語ってみたところで
真意が伝わるかどうかは分かりません。
デザインもコミュニケーションも
日々勉強、まだまだ腕を磨かないといけないようです。
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