![]() 《本コラムには映画の結末やストーリーに関する記述があります。》
まず感想をひと言でいうと50年後にも語り継がれる名作映画では決してないけれど、いまという時代を巧みに描いた良質なエンタメ作品という感じでしょうか。とにかく田舎からニューヨークに出てきたひたむきな女の子アンディが恋と仕事のはざまで悩む青春ナントカムービーというお決まりの枠におさまっていないところがとても好感持てます。僕はファッションブランドに関してはほとんど無知というか素人なのですがブランドやファッションの好きな女の子にしてみたらそれだけでも見どころ満載なのでしょうね。 ところがこの映画。じつは登場人物が場面ごとにきらびやかな服を着て登場するということ以外には、ファッション自体が物語に重要な役割を果たしてはいないんですね。これが、おどろくほど、まったくです。この映画は現代の女性が抱える社会的な課題について、じつにみずみずしいタッチで描いている良質なドラマだと思います。
前半でアンディがミランダの無理なリクエストに振り回され「もう辞めたい」と先輩・ナイジェルに相談すると彼は「君の代わりは5分で見つかる。だからイヤなら辞めればいい」と言います。いっぽうラスト近くで、ミランダが策略により自分の編集長の地位が危うくなるとみるや、ナイジェル昇進を撤回し、彼の努めるはずだった役まわりを自分のライバルに与えることで、自らの編集長の地位を守り抜きます。ミランダはその直後、アンディにこう言います。「ランウェイの編集長は私にしかできないのよ」。象徴的で対比的なふたつのシーンです。じつはこの構造が物語上かなり重要なのですね。
いっぽう映画のラストでアンディはこのミランダの策略や言動に違和を感じ、雑誌社を辞めて恋人のところに戻ります。それは「やっぱ仕事よりプライベートが大事よね!」ってことではまったくなくてですね(ひとむかし前のガールズ映画ならそれでいいんですけど)この映画ではそこからもう一歩踏み込んでいます。
退社後しばらくして彼女は希望通り新聞社でライターの職を得ます。そこには実はミランダから新聞社の採用責任者に対する「アンディを採らないなんて考えられない。社の大きな損失よ」という口添えがあった、という事実がわかります。さらにそのあとランウェイのあるビルの前の大通り越しにミランダとアンディは目を合わせます。アンディはお辞儀をし、ミランダは彼女を一瞬見て車に乗り込み走り去る。そして映画は終わります。僕が思うのはこのラストシーンは、いずれアンディがミランダのように編集長に登りつめもしかしたら離婚や自分のキャリアの危機を迎えるかもしれない。そのとき、アンディがもし彼女が今の気持ちのままで新聞社で働き続けているならば、おそらく彼女もミランダと同じように、幸せな結婚よりも仕事の充実を、そしてあらゆる手段を使って自分のキャリアを守っていくのだろう、ということであり、決してそれが悪いことではない、ということです。
むしろ足を引っ張ろうとする友だち女の子の方がサイアクです。アンディの彼はいちおう理解してくれていますよね。彼がムクれているのはアンディが「一番やりたい仕事、じゃない仕事」で彼をないがしろにしているからです。だから彼は新聞社の就職を素直に祝い、自らもキャリアアップに成功しています。彼もまた「一番やりたい仕事」にこだわるのです。彼は言います。「誇りと責任を持って働くなら君がストリッパーだってかまわない」。このセリフも映画のコンセプトを表す重要な役割を果たしていますね。
で、さらにつっこんでいくとすごーく面白いことがわかります。僕は「脚本」という視点でこの映画を観てみたのです。するとこの物語の中心にいるのは主役のアンディでもミランダでもなく、なんとエミリーだ、ということがわかってきます。図示してみるとこーゆーことです。
このランク付けはある種の価値観から観た幸福度ランクであると同時に属する世界の大きさをも表しています。この図をさらにこうですね、してみるとわかりやすいと思うのです。
いずれアンディはランクAの世界に行くのでしょう。そしてエミリーはランクAにいけるのか。そこが微妙ですね。僕としてはぜひとも行ってほしい。この映画の中では、彼女はランクCどまりなのでパリには行けなかったわけですね。物語上、階級が彼女のフィールドを制限してしまっているというわけです。しかしこれ、ちょうどアシスタントがセカンドからファーストにランクアップしていくのと同じ構図なんですね。それもまた、じつに巧妙です。
この映画の舞台はファッション業界であると同時にファッション雑誌業界ですよね。僕が属している広告業界もわりと近いのですが、たしかにデザイナーやライターという華やかなイメージのカタカナ職業に憧れて入社希望をする人が多いんですけど実際に続いているのはほとんどいない、というのが現状です。たいてい「キツイ」といって辞めていく。まあ毎日終電当たり前だし休日も仕事があればとーぜん出勤します。3か月休みがなかったという人もいましたし、お正月に出勤している人もいます。友だちとの約束はどんどん破る羽目になってだんだん誰も誘わなくなります(笑)。そんな悲惨なプライベートを過ごしつつ、入社してから3年間は、ほぼ下働きみたいなことしかさせてもらえません。うちはまだ給料も出るし、試験的に大きなプロジェクトにも参加させたりしてくれますが、大きな事務所になればなるほど「ランウエイ」同様、給与なしでただひたすらこき使われるようです。でも、もちろんそれは決していじめではなく「ふるい」なんですね。結局、人間は好きなことでなければ長くは続かないもんだし、いやなことばかりさせられても辞めないか、これが最初のでっかい「ふるい」なのですよ。何より大事なのは、とにかく辞めずに続けること。ほんとうにはじめっから煌めくような才能を持っている人もいるだろうけどそういう人はごく少数です。要は苦難を超えて続けていくことで、10年続ければどんなことだって一人前になるはずなんですね。そういう意味でエミリーはあきらめなかったから、最後までクビにならずに済んだのではないだろうか。僕もまたエミリーです。たぶんあなたもエミリーではないでしょうか。世界中には多くのエミリーたちがいて、きっとそういう人たちが世の中を支えている。僕はこの映画のエミリーみたいな女の子がきっと好きになるんじゃないかって思いました。たしかにラストでミランダがアンディの再就職を手助けするセリフはこの映画のクライマックスではあるし、誰もがグッと来るのだけれど、それよりエミリーが結局、映画の最後の最後までクビにならずにオフィスにい続けたこと。そこにこそ、実はこの映画の本当の優しさがあるような気がするのですが。みなさんは、いかがでしょうか? |