《本コラムには映画の結末やストーリーに関する記述があります。》

 
欲望のままに行動しながらも、残酷な終末へ追い詰められていく青年と少女の姿を描く。女子高生の真琴は、街に遊びに出た帰り、男たちに誘いをかけて家まで送らせていた。しかし、ある日真琴は外車の中年男にホテルに連れ込まれそうになる。そこへ大学生の清が現れ、真琴を助けた。それから真琴と清の関係は始まるが・・・。【amazonで見る

大島渚というと某討論番組で「バカヤロー!」と怒鳴っているジイサンというイメージしかない、という方もいらっしゃるかもしれませんがちゃんと映画も撮っているんですよ、あたりまえですが。この「青春残酷物語」は、1960年、いまからなんと47年も前、大島渚が28歳の時に撮った第二作目で、この映画の登場により「松竹ヌーベルバーグ」といわれる新しい映像時代の幕開けとして高く評価されています。

この映画を観ていくうえで、いくつかポイントがあります。まずひとつめはやはり斬新な映像と手法です。なんといってもヌーベルバーグ(新しい波)というからには新しさが必要です。この映画の冒頭のシーンでは47年前の渋谷が登場します。そこで学生を中心とするデモ隊が日米安保条約締結の反対を叫びながら行進していきます。この映像、じつは本物のデモ隊を撮影し、エキストラ等は使われていないらしいのです。
いまでは映画の中に実際の街頭の模様をロケ撮影して挿入するのはよくあることですが、当時はスタジオでのセット撮影が常識だったわけで、この映像は当時いかにも斬新だったようです。ま、このへんは本家本元ヌーベルバーグのゴダールやトリュフォーが先んじて実践していたのですが。こうした手法はやがて主流になりアメリカ・ハリウッド映画でも取り入れられますが(アメリカンニューシネマと呼ばれています)、日本の大島のほうがだんぜん早かった。これだけでもすごい事だと思いますし、フランスで大島渚が高く評価されているゆえんだと思います。そしてカラーがとてもみずみずしく鮮やかです。フィルムに着色合成しているのでは?と思うくらい鮮やかな色調に圧倒されます。冒頭、清が水の中に真琴を突き落とし関係を持たなければ沈めると脅しかけ、最終的に海の上で結ばれるシーンは、とくに美しいシーンです。ちなみに衣装・デザインは森英恵が担当しています。

次に「ワンシーンワンカット」という手法です。これは溝口健二という日本を代表する映画監督が好んで用いた(というか開発した)手法で先のゴダールもこの溝口を高く評価しています(ここに「溝口」→「ゴダール」→「大島」というラインが完成します。あくまで余談ですが)。さてこの手法は映画全体に緊張感とじりじりとする圧迫感をもたらしていてかなり効果的です。ワンカットが短く刻みテンポ良く見せるMTV的な映画を見慣れている目には、はじめちょっと辛いかもしれませんが、このような手法は観る者に強い印象を残し後々になってもシーンをはっきりと覚えているといった効果があります。とくに印象的で代表的なのが映画の中程で真琴が中絶の手術を受けたあと、看病しに来た清が中絶手術を施した秋本の言葉を聞きながらリンゴをかじるシーンですが、これがものすごーく長い。そばには堕胎したばかりの恋人・真琴がいる。秋本と真琴の姉で秋本の元恋人・由紀がうしろにいる。秋本が自分たちの運動が何も実を結ばず無益に終わった事を悔い、清たちの世代の奔放で反社会的行動のほうにこそ望みがあるようなことを延々と語っているモノローグをバックに、清はただひたすらリンゴを食べて食べて食べ続けている。このもう異様としか言いようのない映像は圧巻です。このシーンを撮るためにこの映画を作ったのではないかといくらい力の入った映像です。汗と熱と匂いが感じられるじりじりするシーンです。

そしてこの映画の最大のポイント。それはこの映画がおそらくは大島渚の自伝的というか、大島のある個人的な感情がかなり反映されているという事がじつは あるのではないか、というところです。下の表を見ていただきたいのですが、これが登場人物の脚本的役割です。


まずこの人物設定においてはすべてが「対立関係」によって成り立っていることがわかります。大きくは「若者」と「大人」という対立の中に、さらにいくつもの細かい対立構造が複雑に絡み合っている、という仕組みです。
さて、僕が着目したのは「秋本−真琴の姉」のふたりです。このふたりの立ち位置がなんとも微妙なのですが、この人たち、清や真琴より10年ほど年上の設定になっていると思われるのでおそらく1930年ごろのうまれということになります。50年代に社会運動を展開し敗れた設定になっていますが、この世代の運動は一部のインテリ学生たちの運動だったといわれているようです。それにくらべ60年ごろの安保反対運動というのは、日本が戦後の復興を果たし豊かになりはじめた時代で、より大衆化していることが伺われます。そしてビートルズなどの登場で若者文化の盛り上がりとともに、反権力と若者の有り余るエネルギーあいまって、世界中にある種の反大人・反権力的な空気が満ちてきます。つまり「清−真琴」の世代の運動には若者の時代の幕開けという一種の社会的認知がある。あえていうとどこか反逆の若者を肯定する空気さえ感じられる時代です。だから真琴の父親も真琴の外泊や素行不良をあまり厳しく追及しないのですね。したくても出来ないわけです。けれど「秋本−真琴の姉」の世代のときはまだ戦前のモラルがまだ奥底で生きていたので、おおっぴらにすることができなかったのではないでしょうか。社会運動自体が「地下活動」的な存在だった。真琴の姉が父親にこぼします「あたしの頃にはお父様はもっと厳しかったじゃありませんか」。

で。この映画の監督である大島渚。彼がちょうど1932年うまれ。そう「秋本−真琴の姉」世代に当たるはずなのです。そして調べてみると監督自身が京大時代に京都府連の長をつとめ、社会運動に参加しています。つまり監督としては、自身がかつて傾倒した運動とその敗北を受け、いま(60年当時)の若者世代の血気あふれる行動力に投影し、新たな世代に託したいという思いがこの映画のテーマになっているのではないでしょうか。そのことを思わせる象徴的なシーンがあります。外車の金持ち紳士から金を巻き上げた罪で拘留された清は年増の愛人の助けを借り無罪放免されます。警察署を出たところで、不法な堕胎手術で逮捕される秋本が警察に連行されてくるところに出くわします。ふたりがすれ違おうとするところで秋本が「俺たちの青春の敗北が、君たちのゆがんだ在り方の原因になっていると思うからうらみはしないが」と講釈めいたことをいいます。しかし清はどこ吹く風であっけらかん。しまいに秋本は警察に「ぶつくさ言ってないで速く歩け」と言われる始末。この好対照な結果を巧みに描いたシーンは秀逸で、この映画のおそらくは裏の主題だと思われる「青春の世代交代」をシンボリックに描き出しているといえます。

もうひとつ。「秋本−真琴の姉」世代の運動が、インテリ的であくまで「カテゴリA」という範疇の中で行われていた「小さな反抗」だったのに対し、「清−真琴」世代ではもはや運動ですらなく、単にアンチ大人、というところで「カテゴリB」にすり寄りながらありとあらゆる物に反目していこうとしているように見えます。清は「外車の紳士」というある種のステータスを得た権力の象徴を騙し生活の糧にする。しかしより大きな権力(警察)に摘発される。しかし反モラルな存在である愛人に救出される。そして最後はより大きな反モラルである愚連隊に撲殺される。清が映画を通して体験するシナリオ上の大きな振り子的揺り戻しは、シンボリックに描かれていてわかりづらいかも知れませんが、なかなか唸らせてくれる展開です。
そしてラスト、「清−真琴」は新宿の路上で別れることを決意します。離れた途端に、清は愚連隊に撲殺され真琴は外車から飛び降りようとして凄惨な轢死を遂げます。これは、このままでは結局自分たちはどこへも行けないと悟ったふたりが別れという現実的な決断を行う、と同時に「youth=若さ」の死を告げる鐘が鳴るということを物語っているのかも知れません。そして「秋本−真琴の姉」世代とは違う形で、しかもより凄惨なかたちで敗北していく「清−真琴」世代を描くこと。これにより「青春とはつねに敗北の繰り返し」である、というメッセージが読みとれます。つまり残酷な結末そのものより、この「青春=敗北論」こそが大島渚の言う「青春という残酷な物語」だったのではないかと僕は思うのです。

ちなみにこの映画からさらに10年後には70年安保というのがあり、この時代に入ると、運動はさらに大衆化というかむしろ形骸化していて、70年当時の状況を村上春樹や庄司薫の小説ではそうした運動や若者らしい熱から一歩距離をおき、静かにひとりで戦う「新しい若者像」として描かれています。そしてこれは「主語=僕」という「内省の時代」の幕開けでもあると思うのですが、みなさんはいかがですか?