Vol.07 はじめからシネマ感じさせて 『さくらの唄』
さくらの唄 安達哲 講談社
90年代前半を代表する青春漫画の傑作。出戻りで元ヤンの姉と二人暮しをしている高校三年生の市ノ瀬利彦は、自分と周りとの間にあるズレに悩み、傷付きながらもそれなりの学園生活を謳歌していた。しかし、居候として転がり込んできた親戚の金春夫妻によって、生活は徐々に侵食されていく。絶大な権力を誇る悪徳不動産屋の金春はその後を利彦に継がせようとするが、醜い大人への嫌悪と美大進学への夢から俊彦はそれを拒絶。元担任の三ツ輪裕子を借金の肩から性の人質に取られ、またそれに溺れたことで一時は懐柔されたかに見えた俊彦だが、やはり土壇場で反旗を翻してしまう。ついに業を煮やした金春が取った最後の手段とは…。利彦が仲間たちと創り上げた学園祭用劇場映画「さくらの唄」。大勢の観客が見守る中、それは悪夢とも言うべき最悪の形で幕を開ける。 当時の単行本で全三巻。過激な性描写から最終巻だけ青年コミックの指定を受けたという曰くつきの漫画。 →Amazonで見る。
何故に今、何の理由でか全く分からないが、この『さくらの唄』が新装版として箱入り装丁されて再発されている。映画化でもするんかいな?(ありえん) 主人公の市ノ瀬利彦はまさにルサンチマンな少年だ。自意識過剰で自分に自信がもてない。例えば、人ごみに出ただけで人の視線が気になり、だれもが自分を変な目で見ているかのように思えて動揺してしまったりする。また、何かしらに劣等感を持っているため他者と関わるのを恐れ、特に人の領域にズカズカ踏み入るようなガサツな人間との間には完全に一線を引いてしまう。 こういう感覚って、程度の差はあれ多くの人が青春時代に(今も?)持っていたものじゃないだろうか。読んでいると、主人公はそういう自分たちの代表であり、代弁者であるかのような気さえしてくる。 性描写込みで怒涛の展開を見せる後半に着目されがちだが、より内省的で多感な前半も素晴らしい。学園のマドンナとお近づきになれて喜んだり、仲間とワイワイ騒いだり、でもやっぱりどこか孤独だったり。青春の光と影がよりリアルな形で感じられる。 ラストの締めくくり方は賛否両論分かれるところだが、これだけの内容をギュッと濃縮して全三巻にまとめあげたことは特筆に価するだろう。しかし、ヒロイン仲村真理が放つ最後のセリフは、『ルパン三世カリオストロの城』の銭形が最後に放った例のセリフに匹敵するこっぱずかしさがあるかもしれない。
若いうちに読んでおけ度 11月24日 |