Vol.12 How many いい顔 『大阪ハムレット』
大阪ハムレット 森下裕美 双葉社
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大阪の下町を舞台にした最も有名な漫画といえば『じゃりン子チエ』で間違いないであろう。
そのモデルとされた町は、いましろたかしの『ハーツ&マインズ』の中で「西日本最大の労働者街」と評された、強烈な個性を放つ魅惑のカオスワールドである。
筆者も所用で彼の地を訪れたことがあるのだが、足を踏み入れてみるまで決して分からなかった、そこはかとなく漂う「ここは日本ではない」感にすっかりやられてしまい、以来その場所は私の密かなお気に入りとなっている(かといって特に行く機会はない)。
そこから駅でいえばちょうどひとつ隣の町にあたるのが、今回紹介する森下裕美の『大阪ハムレット』の舞台だ。
まあほとんど同じ地域なので、どちらにせよディープ大阪であるという点では変わりないのだが、この二つの町は実は少し趣が違う。
乱暴に言ってしまうなら、前者が「労働者の町」で、後者は「オバちゃんの町」といったところか。
猫科の大型動物さながらの衣服を身にまとった粉まみれのオバちゃんたちが商店街を闊歩しているような、そんな感じ。
いわゆる典型的な大阪イメージがより色濃いのが後者なのだ。
そんな町で繰り広げられる悲喜こもごもの人生劇場をオムニバス形式で描いたのがこの『大阪ハムレット』である。
読んでみた感じ、とうとう牙を剥いたな、と思った。
森下裕美は大ヒットした『少年アシベ』や『ここだけのふたり』などに代表されるとおり、基本的には4コマをメインに活動してきた漫画家である。
そしてその面白さの根底にあるのは、この作者特有の毒にあるといっても過言ではないだろう。
普段余り触れてはいけないとされているようなものや出来事(つまりタブー)を、可愛らしいキャラクターというオブラートに包んでバッサバッサと切りまくっていたのだ。
その彼女が物語を描く上で4コマよりも遥かに自由度の高いストーリー漫画に着手した。
珍しいだけに本気モードである。
多分。
そして、これがまた見事なまでに上手い。
4コマ時代は構成上の制約からキャラクター自身に持たさざるを得なかった毒の要素が、ストーリー漫画になったことで設定や話自体に盛り込むことができるようになった。
母子家庭にやってきた母親の新しい恋人、嫁ぎ先である夫の実家で不妊に悩む嫁、娘の生き方に嫉妬して陰口を叩いて喜ぶ母親、などなど。
『渡る世間は鬼ばかり』も真っ青なくらい(←観たことないくせに)世知辛いエピソードが並んでいる。
しかしながら、それらは決して後味の悪い話になっていない。
作者のスタンスが市井の人々に対して常に優しく、肯定的だからだ。
ストーリーは少々あざとさも感じられるような感動話が多いのだが、演出がそれほど湿っぽくないので、単行本の帯に書いてあるほどお涙頂戴話になっていない。
それを物足りないと感じる人もいるかもしれないが、おかげでこんなコテコテの大阪弁漫画なのにも関わらず、読後の印象は案外さわやかなのだ。
そしてなんといっても特筆すべきなのは森下裕美の描くキャラクターの素晴らしさである。
ちょっとした仕草や表情などが完璧なまでにリアルな人間描写になっていて(例えば泣いているのをごまかすために「ンー?」って言いながら笑うところとか)、そのおかげでストーリーに妙な説得力がある。
それに加えて顔のバリエーションの豊富さといったら!
人の顔の特徴を捉えて描くことに関して、この人は漫画界屈指と言ってもいいかもしれない。
どのキャラクターの顔も実際にどこかで見たことがあるような、そんなリアリティを持っている。
なので、物語を楽しむのとは別に、知人に似ている顔を捜しながら目を通してみるのも面白いかもしれない。
おそら知り合いの2、3人くらいは簡単に見つけられるだろう。
とりあえず私は小学校時代に親しかった友人F君にそっくりのキャラクターを見つけた。
もうここ十年以上久しく会っていないが、彼は今でも元気に過ごしているのだろうか・・・。
これを機に一度電話でもかけてみようかと思う(ハイ、嘘)。
2月9日