Vol.20 ファミコンやってディスコに行って『大東京トイボックス』

大東京トイボックス うめ 幻冬舎
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今日のひとこと
私がこの世の中にある娯楽の中で最も愛しているのはゲームである。
第一次欲求すら抑え込む力を持っているのはこれを置いて他にはありえない。
                         −のび犬−

大東京トイボックス』という漫画がある。
以前週刊モーニングで連載されていた『東京トイボックス』の続編で、現在コミックバーズにて連載中の作品だ。

パチスロのムービーやTVのCGなんかを請け負いながら細々と運営せざるを得ない弱小ゲーム会社「G3」に、即戦力のグラフィッカーを募集したはずが、手違いでやって来てしまったプランナーの新人(これを人は『赤毛のアン方式と呼ぶ)、百田モモ。
それに前作の主人公で、面白いゲームを作ることしか頭にない天才ゲームクリエイター天川太陽や、卑屈な上司の嫌がらせから無理矢理G3に出向させられたが、そのままヘッドハンティングされてしまった超有能OL(現在G3代表取締役)月山星乃らの面々を中心に、ゲーム製作における様々な奮闘を熱く描いたのが本作である。

前作『東京トイボックス』では、主に作品のクオリティを上げることと納期を守ること、それらの狭間で葛藤する製作者たちの姿が描かれていた。
多少締め切りが過ぎようとも、面白い事を思いついたら止めるわけにはいかない。
関係者全てに少なからずの迷惑をかけることが分かってはいても、作品至上主義の太陽は引くことができず(ちょっとしたバグなんかは「仕様」と言って見逃すしたたかさは持っている)、結果製品の発売日を遅らせてしまうのだ。

これはユーザーとして私にも身に覚えがある。
特に思い出されるのは初期のドラクエシリーズだ。
今でこそそんなこともなくなったが、昔は発売日の延期なんかは当たり前で、とりあえずの予定日なんて信用できないと分かってはいても期待せざるを得なかった子供たちは、結果どれだけ身悶えさせられたことか。
しかしながら、仕上がってきたドラクエはやはり素晴らしかった。
待った甲斐があったと言えるような、それはそれは一生涯の思い出になる名作だった。

そんな一連の流れとこの作品はとてもよくリンクする。
堀井裕二や宮本茂、それ以外でもきっとたくさんのクリエイターたちが、この天川太陽のように無理を通して数々の名作を作り上げてきたのだろう。
多少発売日が延びようとも、そういうことならユーザーとしては望むところである。
関係者にしたらたまったもんじゃないが。

そして続編『大東京トイボックス』では、ゲームによる青少年への悪影響みたいな話がクローズアップされている。
最近だったらなんだ、ペッパーランチか、マスコミがゲーム脳と結び付けたのは。
小説、映画、漫画、ゲーム、新たな大衆娯楽やサブカルチャーが出てくるたびに、それらは批判の的にもなってきた。
任天堂がwiiを発売するとき、その敵はPS3でもXboxでもなく、そういった世間のゲームに対する蔑視であると任天堂の岩田社長は語ったように記憶する。
本作でも、それら逆風と真っ向勝負する企業や、アイデアを駆使して立ち向かっていくクリエイターらの姿が描かれており、時代を反映していてなかなか興味深い。

ところでこのトイボックスシリーズであるが、実は意外にゲーム色は強くない。
むしろ、とある業種の内幕と仕事っぷりを熱く描いたオフィス漫画と言えるだろう。
ヒットしなくてもよいなら(よくない)、容易にドラマ化できそうだ。
だからあまりゲームが題材であることに期待して読むと、少々の肩透かしを食らうかもしれない。

 「8bitで育ったオレたちの、8bitな「恋」が始まる!」
 「この世に「ゲーム」がある限り!8bitな「恋」は、止まらない!  !!」

なんてやたら8bitを連呼した破壊力抜群(これを見て心動かされない30代ゲーマーはいない)のキャッチコピーが付いていたりするけど、最近人気の「ゲームセンターCX」みたいな懐古の匂いは全くなく、あくまで現在進行形のゲーム事情を取り扱っている。
ただ、8bitな「恋」とはよく言ったもので、本筋の裏でこそこそ進行される太陽(ツンデレ)と月乃(ツンデレ)のちょっと古臭くももどかしい恋愛っぷりは非常に微笑ましいものである。

冒頭でゲーム愛を宣言した私だが、実はそれほどゲームをやらない。
なぜかというと、ゲームに費やす時間が、人生の中でブラックホールに吸い込まれてしまったかと思えるほど虚無に感じるからである。
コピーロボットがいればどれだけかいいだろう(もちろんゲームやるのは私の方だが)。
終わってみてようやくクソゲーだと分かった時のダメージは特に計り知れないものがある。

こんな私に、作中に出てくる最大手ゲーム会社ソリダスワークスの局長、仙水伊鶴の発言が胸に突き刺さる。
少年犯罪で自社のゲームの残酷描写がクローズアップされ、TVゲームが青少年に与える影響について記者会見で集中砲火を浴びる中、彼はこう言い放つのだ。

「ゲームというのは何時間も場合によっては何十時間とかかります」
他人の人生をそれだけ拘束しておいて何も残らないようなモノなど いったい何のために作るというんです?

これには、世の中のゲームクリエイターの皆さんにはこれくらいの覚悟を持って製作に望んでいただきたい、という作者の熱いメッセージが込められているように思う。
私だって強くそう思う。
忙しい大人にとってゲームとは、それほど業の深い娯楽遊戯なのだ。
だからホント、頼みますよ皆さん。

6月16日