Vol.21 ああ日本のどこかに私を待ってる人がいる
                    臨死!!江古田ちゃん

臨死!!江古田ちゃん 瀧波ユカリ 講談社
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進んで自らの恥部を晒してしまう漫画家がいる。
例えば、いましろたかしは『ライトスタッフ』の中で、ぼろアパートの共同便所まで行くのが面倒くさいのか流し台で用を足す主人公を描いた。
中崎タツヤは『じみへん』の中で、便所で用を足す前に必ず自分の陰毛をむしって便器に捨てていると告白した。
こういった下(しも)の話は性の話以上にプライベートな為、これらのエピソードは伝聞や創作ではなく、作者の実生活の中から出てきたノンフィクションだと考えるのが妥当だろう。

こんな個人の「上品」という言葉から最も縁遠い癖や下の話をすれば、失笑を買いこそすれ人から褒められることなどまずない
普通なら黙って一生自分の中の秘め事にしておけばよいのだ。
それでもあえて発表せずにはいられない、のような物を持つ漫画家を私は信頼する。
なぜなら彼らは社会人としての自らの尊厳を切り売りしてまでも、自身の作品の質を向上させ、そのリアリティを読者に訴えかけようとしているからだ(間違いなく大げさ)。

臨死!!江古田ちゃん』は月刊アフタヌーンで連載中の瀧波ユカリによる4コマ漫画作品である。
主人公の江古田ちゃんは東京練馬区江古田駅近隣在住の24歳フリーター女。
部屋の中ではもっぱら全裸で過ごす。
仕事が長続きしない。
異性との肉体関係はアグレッシブにこなす。
そんな江古田ちゃんのあられもない日常を余すことなく描いたのが本作である。

この作品の中にこんな場面がある。 公衆便所から出てきた江古田ちゃんに友人Mが「紙あった?」と聞くと、江古田ちゃんは水で洗った後の濡れた手を髪の毛で拭きながらこう答えるのだ。
江古田「なかったけど」
友人M「いかにして?」
江古田「男の子みたいにこきざみにふるえて」(ここでケツを振って小便を切る江古田ちゃんのカット)
友人M「あーね」
江古田「でもね最近は「手でふいたあと手をあらう」って技もあみだした」(得意顔)
友人M「うわ!!思いつかなかった!!」

冒頭で紹介した事例はどちらも男の漫画家である。
しかし、この漫画の作者は違う。
なんとまだ20代の女性なのだ。
未だかつてどこの世界にこんなみっともないカミングアウトをする女がいただろうか?
どうしようもない愚か者であるが、それ以上に誠実でもある(ような気がする)。
別の意味で愛さずにはいられない。

女性漫画家が描いているのには珍しく、この漫画には男に対する媚、みたいなものがまるで感じられない。
ただひたすら、「女」という生物を主体に描いているのだ。
単行本2巻の帯にはあの叶恭子が「このマンガにはキレイ事はひとつもない!」という推薦コメント(?)を寄せているが、さすが江古田ちゃんとは同じく部屋の中で全裸で過ごす仲である。
なかなかに的を得ていると言えよう。

これは個人的な意見だが、江古田ちゃんは基本的に男性読者にはもてないのではないだろうか。
本編を読めば、きっとほとんどの男女が彼女と友達になりたいと思うであろうが、この身も蓋もなさでは彼氏になりたいと望む漢は稀有だろう。
本作において江古田ちゃんは全く男運がない。
本命の彼氏は彼女と遠恋中で、江古田ちゃんとはただの浮気。
それが分かってはいても江古田ちゃんはその彼と離れられない。
他に近寄ってくるのと言えば江古田ちゃんを盲目的に愛する危ない信者くんとか、変なアメリカ人とか。
それが例え行きずりの相手であっても、本命の彼であっても、江古田ちゃんと寝る男はみんな彼女に背を向けて寝る
いつかは江古田ちゃんの方を向いて一緒に寝てくれる男が現れるのだろうか?
そんな日が来ることを心の友として願わずにはいられない。

7月6日