「何名様ですか?」
「・・・あ、あとでもう一人来るんですけど。」
「喫煙席と禁煙席がございますが?」
「禁煙で。・・・あ、いや、やっぱり喫煙にして下さい」

ある日、僕の唯一の友人に聞いてみた。
「・・・彼女ほしくない?」
「えっ?何、急に?」
「いや、だから、その・・・彼女・・・」
「彼女ならいるじゃん。
俺の彼女は一生涯、
レイナちゃん一人と決めているのだ。
お前だってそうだろ?」
「いや・・・、だから、その、
バーチャルな彼女とかじゃなくて」
「え?お前本気で言ってんの?・・・無理無理、
俺たちみたいな気持ちの悪〜いオッサンには、
リアルな女性は振り向いてもくれないどころか、
存在すらないものとされてんだから。
その点、レイナちゃんはちゃ〜んと
俺たちの事見ててくれるし、
いつでも笑顔で握手。アイドルの鏡だよ、彼女は。
・・・って、まさかお前レイナちゃんの事
嫌いになったとか言い出すんじゃねえだろうなあ?」
「いや・・・、そんなわけじゃなくて・・・」
「じゃあ、そんな下らない事は忘れて
全力でレイナちゃんの姿を
カメラでおさえてろって。
ほら、レイナちゃんもうすぐ出てくるぞ。
・・・・来た!レイナちゃ〜ん!」
「・・・・レイナちゃ〜ん!」
情けなかった。
なんだかんだ、そこにいるむさ苦しい面々と一緒に
アイドルの名前を必死に連呼している自分が情けなかった。
だけど、今まではそんな情けない気分になった事、
ただの一度もなかったんだ。
「あの子」に会うまでは・・・。
ちょうど一週間前の話だ。
颯爽と自転車に乗って、
僕がいつものようにショップに向かっていると、
夜の繁華街(ただし電気関係)の歩道に
制服を着た女の子が一人座り込んでる。
女の子はうずくまって泣いていた。
周りを見ても誰も女の子の事なんか
気にとめようともしていない。
みんながみんな我先にと
足早に歩を進めている。
どこにそんな勇気が
残っていたのかは分からないけど、
僕は誰に言われるでもなく
とっさに女の子に声をかけていた。
「・・・あ、あの、
・・・・だ、だ、だ、だ、だ大丈夫ですか?
ど、ど、ど、どうかされました・・・?」
人は鳥肌が立つぐらい心が揺さぶられる時、
それが何であれ眩しいぐらいに
輝やかしい光がそこに見える。
去年死んだ僕のジイちゃんが言っていた。
目を潤ませ顔を見上げた彼女はまさにそれだった。
「・・・さっき、置き引きにあっちゃって
カバンを取られたんだけど、
その中に財布とか携帯とか
定期とか全部入ってて・・・。
どうしていいか分からなくなっちゃって、
家にも帰れないし・・・。」
その時の僕は、もうすでに
いつもの僕じゃなかったようにも思う。
「・・・よ、良かったらコレ使って。
そしたらお家帰れるよね・・・?」
「え・・・?そんな、知らない人に
お金もらうなんて出来ません・・。」
「い、い、いや、でもなかったら帰れないでしょ?」
「・・・じゃあ、住所と電話番号
教えてもらってもいいですか?
後から必ずお返ししますから。」
「いや、いや、いや、いいよいいよ。
困っている人がいたら助けろ、
っていうのがウチのジイちゃんの教えだから。」
結局その後、彼女の手には、千円札が二枚に、
僕の家の住所と電話番号が書かれたメモ用紙。
ペコリと頭を下げた彼女は
思っていたよりも背の小さな人だった。
数日後、彼女から届いた封筒には、
律儀に顔の向きを揃えて入った二枚の千円札。
そして小さな感謝の手紙と連絡先が入っていた。
その時の気持ちは今でもハッキリと覚えている。
今にも背中から羽が生えて
そのまま部屋の窓から空に
飛び立っていってしまうような気持ち。
こんな幸せな気分はいつ以来だろう。
そして、僕は今ファミリーレストランの
ソファに一人で腰かけている。
なぜかって?
人は恋に落ちたら
自分でも思ってもみないような行動に出ている。
それが本当の恋ってもんだ。
これもジイちゃんが言っていた言葉。
僕はあの後、自分でも知らない間に
「あの子」に電話をし、
御飯に誘っていたらしい。
そして、「あの子」もまた、
僕の知らない間に
僕の誘いを受け入れていた。
自分の事を好きだなんて
思った事は一度もないけれど、
その時の僕に会ったらこう言ってやりたい。
「よくやった。」
女の子との初めての御飯が
ファミリーレストランだなんて言ったら、
友達に笑われるだろうか?
僕だってそのへん、
何も考えてないわけじゃない。
ちゃんとインターネットを使って
色々調べたんだ。
フルコースが出てくるようなお店、
お酒を静かに飲めるお店、
色々見たけどどれも行った事がない上に、
彼女は多分未成年(ていうか絶対)だし、
その辺の配慮はきちんとしておかなくてはならない。
それで、色々な条件を僕なりに解析した結果、
ファミリーレストランになったというわけだ。
だけど、約束の時間が過ぎたのに
「あの子」はまだ来ていない。
少し、お腹が空いたから
(この為に今日は朝と昼を抜いてきた)、
先にちょっとだけお腹に
何か入れておこうと思って気付いたら、
僕ってこんなに食べれる人だったんだ
ってぐらいの、食事の残骸。
「あの子」がいつ来てもすぐ飲めるように
先に頼んでおいた紅茶
(走って急いで来たりしたら喉も渇いてるだろうし)も、
もうすっかり冷めてしまっている。
もしかして途中で事故にでも
遭ってるんじゃないだろうか、
それかまた置き引きに遭って
動けなくなっているとか?
考えれば考える程、
「あの子」の身が心配になって
今にも例の羽を使って
飛んで行ってしまいそうだから、
考えないようにした。
急に僕が羽を使って飛んで来たりしたら
彼女だって驚くだろうしね。なんちゃって。
それにしても、さっきからチラチラと
こっちを見てる向こうのカップルの目線が気になる。
時々、僕を見て笑ってるような気もするし。
一人でファミリーレストランで
食事をしている男の姿がそんなに面白いのか?
たしかに一人で食べるには
多すぎるような食器の量だけど、
それがそんなに面白い事なのか?
一時間も一人で食べ続ける男の姿がそんなに面白いか?
だんだん腹が立ってきた。
「おい、さっきから何ジロジロ見てんだよっ!」
僕の怒声にビクつくカップル。
我慢できなくなった僕はついに言ってやった。
もちろん心の中で。
今に見てろ。
もう少ししたらお前の彼女なんかよりも
ずっとずっと若くて綺麗な「あの子」が
僕の前に颯爽と現れて、
お前も自分の彼女より綺麗なその子を見て、
大して可愛くもない目の前の彼女が
何だか嫌になってそれが態度にも表れて
それが元で彼女とケンカして、
彼女もそれで頬にビンタの一発でも喰らわして
店を出て行くっていう結末が待ってるんだ、どうせ。
そう考えたら僕を見てるカップルが
滑稽に思えて来て一人でクスクスと笑ってしまった。
それにしても約束の時間から
かなり時間が経ってしまっている。
急に電話したりしたら、
せっかちな男だと思われて嫌われてしまうだろうか。
いや、でも君の事が心配でっていう気持ちさえ伝われば
「あの子」だって嫌な気持ちはしないだろう。
もしかすると、反対に喜んでくれるのかもしれないし。
「ありがとう」って。
僕は電話をする事にした。
もちろん、携帯の発信履歴は「あの子」が一番上。
いつでも一番上に見えていて欲しいから、
あの日から携帯電話からは
電話をかけないようにしている。
そして、今からする電話が二回目。
「あの子」の名前が発信履歴に二つも残る事になる。
嬉しい気持ちと、
なぜかジイちゃんの姿を思い浮かべながら、
僕は彼女にダイヤルした。
少し長めのダイヤル音の後、彼女の声。
「・・・あ、・・・もしもし」
「・・・もしもし」
「・・・あ、えっと、もしかして僕、
約束の時間を間違えてしまったのかなあとか思って・・・。
いや、たしかに約束してた時間よりは少し早く
お店に着いてたんだけど、
それでもやっぱり時間が思ったよりも経ってて。
僕の時計が壊れてたのかなとかも考えたんだけど、
お店の時計みたら僕の時計も合ってたし、
それでもし事故に遭ってたりしたらどうしようと思って
ちょっと心配になってかけてみたんだけど・・・」
「・・・」
僕の待っていた彼女の声は一向に聴こえてこない。
その代わりに、その電話の向こうから
僕の胸を容赦なく突き刺す
たくさんの男女の笑い声が聴こえてきた。
「えー!?ソイツ本当に待ってんの?」
「えー、キモイー。なに本気になってんのー。」
「すげーウケるー。ユウコひどすぎでしょー」
「ギャハハハ・・・!!!」
それで僕が傷付くと思う人がいるかもしれないけど、
僕にはその電話の向こうの声は
ほとんど聴こえていなかったんだ。
周りの声はどうでもいい。
ただ、彼女の声だけをハッキリと聴いてみたい。
だからもう一度言った。
「もしもし」
・・・・・・・・・・・
最近流行りの曲なんだろうけど、
全然知らない曲が延々と店内で流れ続けてる。
さっきのニヤついたカップルもいつの間にか帰っていた。
吸いもしない新品のタバコとキレイなままの灰皿も
店にきた時と同じ配置でテーブルに並んでいる。
彼女の声は結局最初の
「もしもし」という言葉以外、
聴く事は出来なかった。
電話は僕の方から切った。
電話越しの笑い声の残像だけが耳に残って。
そして、僕は電話が切れているのにも関わらず
受話器を耳にあて、一人で話し続けた。
近くで退屈そうに立っている店員に
聞こえるぐらいの音量で。
「えー、もう御飯食べちゃったの?そっかー。
じゃあ、仕方ないね。そしたら何かお土産買って帰るよ。
デザートでいいよね?」
結局その後、僕は退屈そうな店員を呼び、
合成写真だらけのメニューの中からメープルパイを二つ、
持ち帰り用に包んでもらって帰路についた。
デザートは二つ合わせてもたったの二百十円。
やっぱりファミレスは庶民の味方だね。
外に出るとまだ日が残っていて、
ぼんやりとした空気がそこら中を漂っていた。
この話を聞いて、人は僕に同情したり、
可哀想だと思ったり、笑ったり、
何もかける言葉がなかったりするのかもしれない。
だけど、不思議と僕は今すごく幸せな気分だったりする。
だって、たったの二百十円で
こんなに幸せな気分で帰路につく事が出来るんだから。
こんな気持ち、滅多に味わえない。
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