4.

その時、そんなに言うほどがっかりしなかったことを、彼は覚えている。
あきらめが早いということは、彼の特技のひとつだ。
大切なことは、あきらめる、というより、そもそも期待をしないこと。
彼女の美しい横顔がまだ頭の中に軽い痺れと共に残っているのに気付かないふりをして、
彼は退屈な日常へと戻るべく、彼をここへ連れて来た友人の姿を探した。

次のバンドが始まるまでの手持ち無沙汰の束の間、
人々は煙草の煙で霞む狭いフロアでそれぞれの友人たちと他愛のない会話を交わしている。
彼の探す友人も又、大学時代に見たことのある顔の女の子(という歳ではもうないが)と
時折明るい笑い声をあげながら話し込んでいた。
彼は付き合いで見に来たバンドが終わったにも関わらず、
帰るタイミングをなくし、仕方なく2本目のビールをバーカウンターへ取りに行った。

カウンターは、次のバンドが始まるまでに一杯という人で込み合っていた。
苦労して次の冷えたビールを手にした彼は、
カウンターの脇にひっそりと置かれたスツールを見つけ、腰を落ち着けた。
程よく背の高いスツールに座ると、目線が人々の頭の高さを越えて、
角度は悪いがステージの中央はよく見える。
なにより無駄に大きな音量のスピーカーから極力遠ざかることが出来て、
彼は少しほっとした。
どうせ帰っても暇なので、もう少し我慢して付き合おうかという気も起こった頃、
ちょうどフロアのライトが落ち、次のバンドのメンバーがステージに現れた。

その時彼は、驚いてスツールから滑り落ちそうになった。
さっきの、ちいさな身体の彼女が音もたてずドラムセットの前に静かに座った。
にこりともせず、いかにもつまらなさそうにフロアを見渡し、
そして、ほんの一瞬、そのライブハウスで一番遠い所にいる彼を見て、
彼女は、自分とドラムセットだけの世界に入り込んで行った。