5.
それからのことを、彼は正直うまく説明できない。
ステージの真ん中に立つやたら背の高いヴォーカルの男の後ろで身を潜めながら、
彼女は正確にビートを刻んでいた。
どんなジャンルの曲を演奏していたのか、さっぱり覚えていない。
ただ、彼女はちいさな身体を必要最小限だけ動かして、
ひたすら正確にドラムを叩き続けていた。
彼の耳には、何故か、その音は届かない。
曲のテンポが速いのか遅いのかも感じられないまま、
ストップモーションのような無音の世界に、彼女はいた。
猥雑で埃っぽいこのライブハウスという空間ではなく、
音も色も時間もなにもない世界に、彼女はたったひとりでいた。
彼はただ、瞬きをするのも勿体無く、
渇いてゆく瞳で彼女の姿を必死で捕らえるしかなかった。
あっという間にバンドの演奏は終わった。
バンドのメンバーが全員ステージからいなくなって、
彼は初めて放心状態の自分に気付いた。
呪縛にかかったようにスツールから動けずに痺れかけてた身体をなんとか床へと降ろし、
そこかしこの人に何度もぶつかりながら、ライブハウスの重い扉へと歩いていった。
まるで、熱に浮かれたようにぼんやりとする頭とふらふらする足取りで、
彼は友人たちに挨拶もなしに、まっすぐに駅へと向かった。
あの後、どうして彼女がライブハウスから出てくるまで待たなかったのか、
せめて彼女の名前やバンドの名前くらい誰かに聞いておかなかったのか、
後あと彼自身も自分の行動を呆れるしかなかった。
気が付けば彼は、一刻も早く自分ひとりだけのちいさな部屋へ帰りたかった。
早く、はやく。