6.
気が付けば、もう冬だった。
1年の最後の1ヶ月、12月が始まろうとしている。
どうりで、秋口にひっぱり出してきたステンカラーのコートでは、
襟をたてても寒さをこらえきれないはずだ。
仕事でクライアント先から戻っている途中だった彼はふと、
街で周りの人々が、敏感に季節の移り変わりを感じて
ウールの分厚いコートをすっかり着込んでいることにはじめて気付いた。
何故か少し情けない気分になった彼は、
めずらしく誰かと酒でも飲んで帰りたい気になって、
事務所に同僚がまだ残っていることを祈りながら、
資料の詰まった重いかばんを抱えて足早に会社へと戻った。
あのライブハウスでの出来事があった後、
だからといって彼の生活に何か変化があったわけでは、なかった。
相変わらず、毎日7時半に起きて電車に乗って会社に行き、
ただひたすら仕事に打ち込んだ後、また電車に乗って家へ帰る、
そしてひとりで静かに食事をしビールを飲み風呂に入って眠るだけだった。
何かによって彼の生活のリズムが崩されるのは、なかなか難しい。
彼はまだ、それを恋とは気付いていなかった。
気付いたのは、彼が秋から冬へと気持ちを入れ替えた、その日の夜だった。
幸いにも(というか、案の定というか)、彼が事務所に戻ると、
目当てにしていた同僚は報告書に頭を悩ませている真っ最中だったのだが、
彼の思わぬ誘いにふたつ返事ですぐに机の上を片付けた。
そんなに簡単に片付けられるのなら、はじめからさっさと帰ればいいのに、
と彼はちくりと思いながらも、
不器用な彼と他の社員の微妙な距離をいつもうまく取り持ってくれる
その同僚のことを、とてもありがたく思っていた。
最近、長く付き合っている恋人とうまくいっていないとこぼしていたので、
今夜はきっと遅くまで付き合わされるのは分かっていたのだが、
彼はそれでも、今日は誰かと話していたいと思った。