7.

給料日前でふたりともそんなに懐があたたかいわけではなかったのだが、
このあたりの手ごろな居酒屋は
早くもすっかり忘年会シーズン(口実があればなんだっていいのだ)で、
大人数のグループの怒号とやたらに元気のいい若い店員の熱気であふれかえっており、
彼らが腰を落ち着けられるような場所はなかった。
結局、静かにうまい地酒とうまい魚のたのしめる店に、男ふたりで入ることにした。

会話はやはり、同僚のこぼす愚痴話で終始した。
もう5年と半年付き合っている同い年の恋人が、
このところ結婚の話ばかりをして、うとましいという。
彼が最初のビール(アルコールは基本的になんでも飲めるが、
やっぱりビールがすきだ)をほとんど無言でごくごくと飲み終わっても、
その話はまだ導入部分の途中だった。
なんとか想像してみようと努力するのだが、
どんなにがんばっても彼にはその話の姿をリアルにとらえることができなかった。
早々に1杯目のグラスを空にした彼は、
めずらしい地酒や焼酎が名を連ねるメニューをなぞりながら、
その同僚の恋人のことをぼんやりと思い出してみた。

一度だけ、ひまな土曜の街で偶然はちあわせになったことがあり、
その時は3人で陽気な酒を飲んだ。
さらさらと背中をなでる長くてまっすぐな髪と、
同僚のひざや肩にやさしく触れるさりげないそのしぐさが、印象に残っている。
ふたりの間には、はっきりとしたルールや明らかな信頼関係があり、
その風景を脳裏に思い描いてみた彼は、
ふと、ライブハウスで出逢った彼女のことを思い出した。
そして、雷に撃たれたように突然に、
自分の傍らには彼女にいて欲しい、と、強く思った。

それが、彼が恋に気付いた瞬間だった。
同僚の愚痴話はむなしく空を舞い、ふたりの吐き出す煙草の煙とともに、
静かに薄暗い天井へとのぼっていった。