12.
誰もが、信じられない展開だった。
(まだ誰にも、その恋の始まりは目撃されていないのだが。)
彼の心の中だけでゆっくりと時間をかけて温められていたその想いは、
偶然の、ほんのすこしの時間のめぐり合わせによって、
かたちとなり、色をつけ、名前をもった。
「恋」という名前の、花のように香りたつような、気持ち。
コーヒースタンドの、ぴかぴかに磨かれたガラスのウィンドウの内側から、
彼女の背中を見送った。
彼女は、ためらいもなく、まっすぐに駅へと吸いこまれて行った。
ほんの一瞬でも、こちらを振り返るようなことを彼女がしなかったことに、
彼は何故かほっとした。
かさっ。
渇いた音に気付いて、くたびれたスニーカーの足元を見下ろすと、
折り目もついていないレシートが1枚落ちている。
拾い上げて、それが自分のものだったことを確かめると、
彼はレシートの時間に目をやった。
12時26分。
ほんの、1時間も経たないその時間の彼が持っていないものを、
今の彼は手にしていた。
彼女の名前と、携帯電話の番号。
そして、来週の約束を。