13.
また、帰ってきてしまった。
狭くて薄暗い(明るくするのが嫌で、電気の数をわざと減らしたのだけど)、
このつまらない部屋に。
何度も言うが、だからと言って彼の生活が何か変わるわけではない。
毎日の生活は滞りなくやってくる。
しかし、彼の中で、ささやかながらも確実に何かが変わっていた。
何かの拍子に、彼女の存在が嵐のように彼の脳裏に現れる。
駅前のコーヒースタンドの前を通り過ぎる度に。
携帯電話の画面を開く度に。
街をゆく恋人同士を見かける度に。
その回数は、日に日に増してゆくばかりだ。
そんな風にして彼は、生活の中に溢れる彼女の存在をちくちくと肌で感じながら、
もどかしく長い1週間を過ごすこととなった。
今日は仕事でいつもより遅くなり、晩御飯をつくるのも面倒になったので、
コンビニエンスストアで買ってきたパスタ(期待するまでもなく、まずい)と
これだけは切らさないようにしている冷えたビールで、
手っとり早く空腹を膨らませた。
ぼんやりと無為に部屋で時間をつぶすことを何よりも愛する彼は、
ほとんど義務のように晩御飯を済ませた後も、
疲れて少し眠い目をこすりながらもお気に入りのレコードに針を落とす。
もう何十回と聴いた同じ曲も、これまでとは違うように胸に染み入ってくる。
何故だろう。
空腹に流し込んだビールが疲れた目を潤ませて、
天井から下がるライトの光をきらきらと輝かせた。
自分の吐き出す煙草の煙が、潤んだ目に染みる。
不覚にも、涙がこぼれ落ちた。
目に滲んでいるだけだったはずの涙が、頬の上に一筋の線を描く。
理由のない、無為な涙。
男が夜にひとりで泣くなんて、可笑しなことだろうか。
それでも今夜は、いつもの曲が優しく心をなで、彼をリラックスさせる。
そして、目尻を濡らしたまま、いつの間にか彼は眠った。