14.

「ちょっと連いてきて欲しいところがあるんだけど。」
先週のコーヒースタンドでそう言った彼女に連れられて来たのは、
駅から路線バスに乗って小1時間ほど揺られて辿り着いた、
こぢんまりとした植物園とだだっ広くて何もない公園のある場所だった。

なぜ、あの時彼女が見ず知らずの彼にそんなことを言ったのか、
いまだにさっぱりわからない。
彼が、言葉を慎重に選んで、彼女に向けてまっすぐに語りかけたのと対照的に、
彼女がぽつりぽつりと話す言葉は、
ふわふわと宙を彷徨っているように聞こえた。
まるでその言葉の対象が、目の前の彼でも他の誰でもないように聞こえた。
それでも、彼女が言い終わって30秒ほど経ったのちに、
少し首をかしげるように彼をまっすぐ見たことで、
自分に向けられた言葉だったのだと彼は気付くことができた。

ずっと乗っていたバスの中が少し暑かったので、
バスを降りた時冷たく澄んだ空気がとてもおいしく感じた。
(もしくは、バスの中での軽い緊張感が彼にそう感じさせたのか。)
「いいところだね。」
不意に口をついて出てきた台詞が取って付けたようで、
自分で言いながら彼は情けなくなった。
そんな彼の様子を見て、彼女がくすりと笑った。
そしてまた、まっすぐに、前を見る。
この横顔が見たかったんだ。
彼の心が、またちいさく音をたてた。

彼女は、ひとり先へと進んで行った。
よく来るのか、公園の入り口に向かって迷わず歩きだす。
小柄な彼女なので、置いていかれてもすぐに追いつくことができる。
彼はあわてずに、ゆっくりと彼女の後を追った。
重そうな、おおきなカゴのバッグから赤い水筒がのぞいていた。