21.
恋の始まりが突然ならば、その終わりもまた、いきなり彼の目の前に現れた。
遅い桜を見に行った春の終わりの日、
一度つなぎ合った手と手を離すことができず別れ難くなったふたりは、
言葉少なにそのまま彼の住む部屋に帰り、
夕暮れのオレンジの光の中静かに唇を重ねてキスをし、
また自然に裸の身体を重ね合った。
哀しいかな、もうすっかり大人のふたりは、
ごく自然に、それらの展開に従った。
彼のシングルのベッドはふたりで過ごすには些かちいさく
(これまで長い間ひとりで眠る時には、夢にも思わなかったことだ。)、
もうすぐ初夏を迎える前とはいえ、夜になると幾分冷えて、
彼女のその細い肩が布団から露わにならないように、
何度も布団を掛け直した。
彼女の言葉やしぐさが、彼の胸の隙間にそっと寄り添ったように、
彼女のその小さな身体は、彼の腕の中に心地良さそうにおさまっていた。
ふたりは、ゆっくりと、長い時間をかけて抱き合った。
おなかが減ってくることも気にもせず、
彼らは、出逢えなかったこれまでの人生を知り合うように、
お互いの身体を優しく重ね合わせることで、その時間を埋める。
その行為は、安易な様でいて、
今思うとやはりあの時のふたりにはそうするしか道はなかった。
翌朝遅く、ようやく彼が目覚めた時、ベッドの中に彼女はいなかった。
がっかりした半分、やっぱりそうかとも思いながら、
重い身体をベッドから起こすと、香ばしいコーヒーの香りが漂ってきた。
見慣れた狭いキッチンに、
いなくなったと思った(もう一生手に入れることもないと思った)彼女のうしろ姿が、
そこにあった。
彼は、ひどく安堵したのと、目にしたその光景のしあわせさに、
熱くなった目頭をぎゅっと押さえた。
「おはよう。」
一度だけこちらを振り返って、またすぐコーヒーを淹れる手元に視線を戻して、
彼女は言った。
「よく、眠るのね。」
そう言った彼女は、きっと普段からあまり寝ないタイプなのだろうと、
彼はまた勝手に想像する。