聞き手:ふむふむの森 
むふむふ   そうなってくると大変ですよね。
しんどくなってしまいますよね?
     
HARCO   ストレスは感じましたね。
胃が痛くなっちゃって、食べれなくて、
10キロくらい1年で痩せたりとか。
     
むふむふ   え!大変だ!
     
HARCO   それで最終的にバンドを辞めたくなって。
でも3年間くらいは悩むんですよ。
悩みに悩んで、最後解散しちゃうんです。
     
むふむふ   そうだったんですね...
     
HARCO   そこまでが苦しかったですね。
で、そういう中で、バンドと並行して
1枚だけリリースしたのがHARCOの「POOL」なんです。
     
むふむふ   並行してたんですね。
     
HARCO   そうですね。
     
   
     
むふむふ   「POOL」はインディーズからリリースしたんですか?
     
HARCO   そうですね。
当時ディレクターをやってた人が
インディーズレーベルを立ち上げようとしていて、
その第一弾として一緒にバンドをやって
デビューしよう、って始めたんです。
     
むふむふ   元々はソロの予定じゃなかった?
     
HARCO   そうなんですよ、
バンドのサブプロジェクトみたいな感じでね。
女の子ボーカルを探したりもしてましたね。
でも、いろいろ考えてるうちに
そこには自分の世界が詰まっているのに気づいて、
自分1人でつくっちゃった方が
わかりやすいかな、と思って。
     
むふむふ   そういう経緯だったんですね。
     
HARCO   その人にはレーベルオーガナイザーに
専念してもらって、
ソロでリリースしてみてもいいですか?って
     
むふむふ   バンドが解散した後は
どれくらい期間が空くのですか?
     
HARCO   うーん、「POOL」を出した時点では、
まだ1人でやっていこうとは
思ってなかったんですよ。
解散した後になって、
たまたまHARCOで1枚出してたんで、
とりあえずこれを続けてみよう、
ってなったんです。
     
むふむふ   そういうことだったんですね。
     
HARCO   そしたら今度はHARCOがいい感じで進みだして、
ナチュラルファンデーションっていう
キリンジとか、かせきさいだぁを
リリースしてるレーベルがあって、
そこに気に入ってもらって、
マキシシングルを2枚出したんですよ。
それが1999年ですね。
「江ノ島ラプソディ」っていうシングル。
     
むふむふ   カメラのジャケットのCDですよね。
     
HARCO   そうですね。
あのシングルの評判がよくて、
年齢も23くらいでちょうどよかったみたいで、
いろんなメジャーのレコード会社から
オファーがきたんです。
     
むふむふ   けっこうトントン拍子ですね。
     
HARCO   そうでしたね。
     
   
     
むふむふ   それは本人としては意外な展開だったんですか?
そこまでのつもりはなかった、とか。
     
HARCO   うーん、なかったけど、
「POOL」を出した後、
実は1年ぐらいアルバイトしてたんですよ。
     
むふむふ   そんな時期があったんですね。
     
HARCO   だけど、このアルバイト生活は
ぜったい1年でやめようと思ってたんです。
1年でまた音楽で食べていけるようになりたい、
と思って、けっこう中身濃く過ごしたんです。
曲もいっぱいつくって、ライブもいっぱいやって。
     
むふむふ   うんうん。
     
HARCO   だからそれがほんとに1年で実ったんで、
自分でもここまでうまくいくとは思わなかったけど、
がんばった甲斐があったなあ、と思いました。
     
    第10回「フリースタイル」につづく
     
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